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ひとつの時代,31年の終わり「いいとも!」終了

読了までの目安時間:約 2分

 

タモリこと森田一義さん

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 【芸能ニュース舞台裏】

 

フジテレビの国民的バラエティー番組

「笑っていいとも!」の終了が

22日、突如発表された。

 

1982年10月に放送開始され来年の3月末で終了

との事今年10月で31年の長寿番組ですね

放送回数は今月22日で7947回を数える

と言われる。

 

 「報道フロアでは全局のテレビが映って

いるんですが、音声は出ていなかったので

ネットに記事が上がるまでは正直、気づき

ませんでした」

 

 他局の民放報道ディレクターが頭をかきつつ、

感慨深い表情で「ひとつの時代の終わりですよね」

とつぶやいた。

 

 すぐに、フジテレビの放送スタジオがある

新宿に行き、司会のタモリさんに話を聞こうと

するがタモリさんは帰った後だった。

 

前出ディレクター氏

 「そのまま都内の自宅前で張り込みましたけど、

関係者の説明があっただけで、直撃はできませんでした」

 

 

 芸能プロダクション幹部もがっかり。

 

 「生のバラエティーは、若手芸人を鍛える場になった。

 

客前というライブ感覚を失わないで済んだのに…」

話題のゲストとのトーク「テレフォンショッキング」

が看板コーナーで、ゲストが次回出演者を友達として

紹介した。トップは21回の和田アキ子さん、

浅野ゆう子さんだった。

 

番組は終了しても、タモリが引退するわけではない。

みのもんたさん「報道番組降板は一番つらい道」

読了までの目安時間:約 2分

 

タレントのみのもんたさん(69)

TBS系「みのもんたの朝ズバッ!」

「みのもんたのサタデーずばッと」の

2番組の司会を降板することになった。

 

みのもんたさんが都内で記者会見を26日

開き降板理由について発表があった。

 

【みのさん降板会見ライブ】(3)「ジャーナリストにあこがれていた」「…

 

降板理由について「(次男が窃盗容疑などで逮捕され)

道義的に父親としての責任を非常に感じており、報道番組

から降りるという、自分にとって一番つらい道を選ぼうと思った」

と説明した。

 

2番組以外は続投するとのことを明らかにした。

今回の事件は本人にとっては根本的な問題になり

親は社会人になった子供の犯罪に対しても責任を

取るべきかと言うことに対して次のように答えた。

 

成人し社会人になった子供の犯罪に対する親の責任

については事件発覚当初は否定的でした。

 

しかし、社会人になり犯罪を起こしたのは自分の子育て

が悪かった事が原因ではなかろうかとう考えに至りました

として謝罪した。

 

一方、この事件がなぜ自分に向けられるのかと違和感を

持ったが、自分がやめなければこの事件が自分に向いている

批判は収まらない空気を感じた。

 

読売テレビが制作するバラエティー「秘密のケンミンSHOW」

と文化放送のラジオ番組も降板を申し入れたが、慰留され、

受け入れたという。

 

報道キャスターについては昔からの憧れだったと語り、降板は

「悔しい」と繰り返した。

 

次男は他人のキャッシュカードを盗み現金を引き出そうとした容疑

で警視庁に逮捕され、勤務していた日本テレビを8日付で諭旨解雇

されている。

歌舞伎俳優松本幸四郎、舞台から客席に転落

読了までの目安時間:約 2分

 

歌舞伎公演、23日に行われた

東京・千代田区の国立劇場でので、

歌舞伎俳優松本幸四郎(71)が、

舞台から客席に転落したことが

わかった。

 

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国立劇場で、転落後の翌日

幸四郎は24日も公演「一谷嫩軍記

(いちのたにふたばぐんき)」

に出演。

 

出演後、取材陣に対応。

 

「かすり傷1つありません。

痛みもありません」などと話した。

 

23日の公演中、黒子2人が中に入った

馬に乗って花道から登場する場面で、

前の1人がバランスを崩したことで、

馬の背に乗っていた幸四郎が甲冑

(かっちゅう)を付けたまま、

客席約3メートル下に滑り落ちた

と説明。

 

「後で考えると身震いするが、舞台の上では

気力・集中力もあり平常とは違う力が出る。

「よじのぼって行き演技を続けた」。

 

舞台には長男市川染五郎(40)も立って

いたが、染五郎も昨年8月、同劇場で約3

メートル下に転落。

 

その時は右手首骨折している。

 

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染五郎も父親が自分と同じ舞台から

同じように転落した場面に遭遇し

昨年の自分の悪夢がよみがえり、

一瞬父親の身の安全・怪我の程度を

心配したのではないか。

山崎豊子さん死去 88歳

読了までの目安時間:約 2分

 

山崎豊子さん死去 88歳

社会 的な 話題 作を次々に

1924年11月、昆布商・父菊蔵、母ますの長女

として大阪市に生まれた。

 

1944年(昭和19年)、京都 女子 専門 学校

(現京都女子大)国文科を卒業、

毎日新聞に入社。

 

山崎豊子

 

大阪本社調査部を経て45 年 、同学芸部に移り、

幸運にも、彼女にとっては素晴らしい上司に恵まれ

副部長( デスク )だった故・井上靖さんから

薫陶を受け、作家として自分の資質にきずく。

 

新聞 社勤務の傍ら、商家だった生家を モデル

に10 年 かけデビュー作「暖簾(のれん)」

を1957年に発表。

 

翌年 、吉本興業を立ち上げた吉本せいさんをモデル

にした「花のれん」を執筆し、第39回直木賞を受賞

したのを機に、毎日新聞を退社し、作家に専念した。

 

彼女の処女作であり、出世作である『暖簾』(文庫本)

の(あとがき)で、“年に何回となく大阪と東京を

往復しているけれど、東京で二、三日過ごすと、

手や顔の毛穴がふさがったような気がする。

 

故郷に帰り、吹田あたりになって大阪の灯が見えると、

全身の毛穴が開き快くなる。”「それほど大阪は、

私にとって私の血液そのものなのです。大阪に生れ、

大阪に育った私にとって、空気の密度にまで大阪を

感じとることができるのです。

 

そして、この大阪の街の中核をなすのは、

古い暖簾をもつ船場の商人たちです」という。

このことからも彼女の原風景は大阪、なかでも

船場あたりであろう。

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