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5日「ヤイリギター」の社長・矢入一男さんが亡くなる

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5日ヤイリギターの社長・矢入一男さんが亡くなる

5日午前8時14分、楽器メーカー

「ヤイリギター」社長の矢入一男さん

が、多臓器不全のため岐阜県多治見市

の病院で死去、81歳。

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トップミュージシャン達、日本国内だけ

でなく、多くの海外のギタリスト達に

愛用されている、メイドインジャパン

のギターメーカーは、岐阜県可児市に

ある従業員30人ほどの小さなギター

工房で作られている。

 

その名は「ヤイリギター」。

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ヤイリギターの歴史は、1935(昭和10)年、

一男さんの父である儀市さんが名古屋で矢入

楽器製作所を起業した事が原点である。

 

鈴木政吉さんが1888年頃(明治21年)

創業した、鈴木バイオリン製造(株)

(名古屋)で職人として働いていた

儀市さんが、独立して開いた工房だった。

 

しかし時代背景の中、戦争によって楽器

作りどころではなくなり、砲弾を入れる

木箱を製作していた。

 

そして、空襲によって焼け出されて移り

住んだのが、いま工場のある可児市である。

 

高校卒業後、家業を手伝っていた矢入氏は、

日本が高度成長に入る1962年、昭和37年

30歳の時にギターの本場アメリカに渡たる。

 

そこで知ったのは、日本で作られている

ギターは、アメリカでは「3ドルギター」

と呼ばれ、おもちゃ扱いされていた。

 

「アコースティックギター」である

マーチンやギブソンといった

エレクトリックギターではない旧来の

ギターの最高峰とは比べものにならな

かった。

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一日の作成可能数は、せいぜい20~30本程。

帰国後、アコースティックギター専門の

製造会社「ヤイリギター」に改称。

 

時代は戦後高度成長のスタート時期でもあり

同業他社の多くは大量生産のための機械化や、

海外生産を進めるなどスピードやコスト重視

の経営に移行。

 

そんな時代背景の中、ユーザーが本質的に

求めている、ハンドメードのギター作り

を心掛けた。

 

ユーザーが求めている性能確保のために

手作りにこだわり少量生産を行った。

 

購入後からの期限を設けず、部品代や

作業手間のみの「実費」だけで

メンテナンスする「永久保証制度」

もユーザー視点の経営を続けた。

 

技術の伝承と向上を図るため、新人

から熟練工まで約30人の男性職人が

ヨーロッパ方式の分業で作業

に取り組んでいる。

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